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鼓動に触れるワークショップ「心臓ピクニック」

概要

心臓は、生まれてからずっと私たちの生命活動を支えるために、休むことなく動き続けていています。「心臓ピクニック」は、その心臓を身体の外に出して、手のひらの上の触感として感じるワークショップです。自分自身の心臓はどんなふうに動いているのか、手のひらの上でじっくりと味わい、また運動したり寝転んだりしながらその変化を確かめ、さらに他の参加者と心臓を交換してその違いを感じながら対話を試みます。

「心臓ピクニック」のユニークな点は、心臓の動きを、聴覚や視覚に置き換えて理解するのではなく、鼓動そのものを触覚として体験するところです。この生々しい感覚を手がかりに、自分自身や目の前にいる人が、それぞれひとつの心臓を持ち、<生命>として存在しているという事実を実感します。

美術館・芸術祭での「あらためて<生命>と出会う」体験型ワークショップや、演者の鼓動を感じる舞台演出としての使用、人体について学ぶ理科の授業、様々な人が集まる場でのアイスブレイク、絵本読み聞かせの場などでの使用が考えられます。ちなみに、「心臓ピクニック」という名称は、ピクニックのように、野外で多様な人々がともに体験することを念頭につけられていますし、また、心臓自体がピクニックのように外に遊びに行くというイメージもあります。

心臓の鼓動を手の上で体験する様子心臓の鼓動を手の上で体験する様子

経緯

このプロジェクトは、21_21 DESIGN SIGHTの展覧会「佐藤雅彦ディレクション “これも自分と認めざるをえない”展」(2010年)でのワークショップからはじまりました。きっかけは、ダンサーの川口ゆいさんを中心としたパフォーマンスと、坂倉杏介さんと渡邊淳司を中心としたワークショップによって構成された「Project HEREing Loss」(2009年)というプロジェクトの中で、鼓動をテーマにした新しい演出がいくつかの試みられていたことと同時に、「佐藤雅彦ディレクション“これも自分と認めざるをえない”展」で、安藤英由樹さんと渡邊は、自身の心臓の音を計測し体感しながら、緊張感のある映像を鑑賞する「心音移入」というインスタレーション作品を展示していたこと。それらの流れや人がうまく交わる中で、渡邊淳司、川口ゆい、坂倉杏介、安藤英由樹の4名で、「心臓ピクニック」というワークショップが生まれました。自分たちで初めて体験したときには、生々しい感覚に驚くとともに、体験後に街を歩いていると、行き交う人々の心臓の存在が気になるようになりました。「この体験を、みんなでやってみたい」とも考え、本格的に活動がスタートしました。2010年の初開催以降、各地でワークショップを重ね、少しずつ機材をリファインしながら続けています。

ワークショップでは装置をピクニックバッグに入れて持ち歩くワークショップでは装置をピクニックバッグに入れて持ち歩く

21_21 DESIGN SIGHT「佐藤雅彦ディレクション“これも自分と認めざるをえない”展」での写真21_21 DESIGN SIGHT「佐藤雅彦ディレクション“これも自分と認めざるをえない”展」での写真

ワークショップ内容

「心臓ピクニック」では、聴診器の形をしたマイクで心臓音を録音し、振動スピーカーを内蔵した四角い箱(心臓ボックス)で再生することで鼓動を再現する装置を使用します。小型の装置なので、手に持ったまま移動可能です。また、鼓動を記録/再生する機能もあります。また、心臓ボックスは、本物の心臓を模したような形状にすることも可能でしたが、それでは見た目が直接的すぎて、生命としての存在に関する想像の余地がなくなってしまうため、抽象度を上げてあえて四角い箱にしました。

心臓ピクニックセット。聴診器、心臓ボックス白い立方体が心臓ボックス。心臓ピクニックセット。聴診器、心臓ボックス白い立方体が心臓ボックス。

 

「心臓ピクニック」を使ったワークショップの基本的な流れは、自分の心臓を感じる、他人の心臓を感じる、運動などによる心臓の変化を感じる、そして鼓動を記録するという、4つの時間に分かれています。具体的な手順は以下のとおりです。

  1. 心臓に関するイントロダクション
  2. 自分の鼓動をゆっくりと感じる「一人心臓鑑賞タイム」
  3. 他の人と心臓ボックスを交換し、自己紹介をする「二人心臓交換タイム」
  4. 歩いたり縄跳びをしたりして鼓動の変化を感じる「ピクニックタイム」
  5. 鼓動を記録した心臓ボックスの動きを感じる「心臓吹き込みタイム」
  6. ワークショップでの体験をグループで振り返る
  7. 体験を振り返り、心臓ボックスの電源を切る。

ワークショップの様子

ワークショップの様子

ワークショップの様子

ワークショップの様子

ワークショップでは、他の人の心臓にも触れさせてもらう

オーストリアのリンツで行った体験展示

オーストリアのリンツで行った体験展示

オーストリアのリンツで行った体験展示

オーストリアのリンツで行った体験展示

参加者の感想

自分の心臓ボックスに対しては、「愛しいと感じた」「生きていることを実感した」といったコメントが寄せられました。他の人と心臓ボックスを交換することには戸惑いながらも、親近感や優しい気持ちを感じる人が多くいました。また、ワークショップの最後には「心臓ピクニック」の電源を切ります。この停止作業に関しては「止めるのが怖い」といった声も聞かれました。ワークショップを通して、参加者は装置である心臓ボックスに対しても、生命のような思入れを持つに至ったと言えるでしょう。

  • 「動いたり、しゃべったり、いろんなことをする時、心臓も共にがんばっている事がわかりました。」(20 代女性)
  • 「ふだん気にかけることもない心臓に『いとおしさ』を感じ、生きていくために大切にしないといけない・・・と思いました。」(70 代女性)
  • 「がんばって動いてくれる自分ではない自分に触った感じです。いちばん身近な他人にはじめて会いました。」(年齢未記入女性)
  • 「初対面の人とも、心臓を持っているせいか、打ち解けるのが早かった。」(20 代女性)
  • 「他の方の心臓を手に取ると、とても親近感がわきました。」(40 代女性)
  • 「自分の心臓を外に出して、その鼓動を感じながら知らない人とお話していると、逆にとても冷静になれる気がしました。自分じゃないというか、自分の事を一歩ひいてみることができる不思議な体験でした。」(30 代女性)
  • 「次、こんな風に自分の心臓以外の拍動を感じるのは、赤ちゃんを授かった時かなあー、なんて幸せな気分にもなりました。」(20 代女性)
  • 「止めるのこわい。あっけなかった。」(30 代女性)

ウェルビーイングとの関連

心臓ピクニックは、触覚の実感やお互いの生命に関するコミュニケーションを手がかりに、自分自身や目の前にいる人、さらには、街を行き交う人々が、それぞれひとつの心臓を持ち、「生命として存在していること自体」に価値を見出す試みです。存在していること自体の価値を内在的価値(ないざいてきかち)と言いますが、「心臓ピクニック」は、自身や他者の存在を「自分事」として感じ、自身や他者の内在的価値に向き合うワークショップと言えます。

内在的価値とは、その存在自体に価値を見出す概念ですが、反意語はその機能に価値を見出す道具的価値です。道具的価値の視点から、その人は何ができるか、手段として人と接することは、個人中心主義的な態度へとつながってしまいます。内在的価値を認め合うことは、お互いの価値観や大事なものを尊重することへつながり、「わたしたち」のウェルビーイングの基礎となるでしょう。

また、コロナ禍において、触覚による他者との関りの機会が減ってしまいました。映像や音声に加えて、心臓の鼓動の触感を遠隔へ送ることで、相手の存在感をより強く感じ、他者との新しい関わり方が見いだされるかもしれません。

関連情報

  • 2022年:「心臓ピクニック」で使用されている装置は、(株)久田見製作所で制作・販売されることになりました。
    連絡先:m-okada@kutami-mfg.com (久田見製作所 岡田)
  • 2014年:心臓ピクニック開発者・ダンサーの川口ゆいさんは、石橋義正さんとの「MatchAtria」の作品の中で、ゲストへ心臓型の拍動する物体を手渡し、ゲストはその拍動を手のひらに感じながら、ダンサーの内なる世界へと誘われていくという試みを行いました。
  • 2014年 ~10,000人の気持ちがつながってひとつの歌が生まれる~「スマート光ハートビートプロジェクト」で使用されました。

学術誌

  • 渡邊淳司、川口ゆい、坂倉杏介、安藤英由樹「“心臓ピクニック”:鼓動に触れるワークショップ」、日本バーチャルリアリティ学会論文誌 Vol. 16(3) pp. 303-306, 2011.
  • 坂倉杏介、渡邊淳司、川口ゆい、安藤英由樹「「生命」のシンボル・グラウンディング 鼓動に触れるワークショップ「心臓ピクニック」の評価と展開」、アートミーツケア学会オンラインジャーナル、Vol. 4 pp. 20-29, 2012.

単行本

  • 渡邊淳司「情報を生み出す触覚の知性」(化学同人、2014)

代表的なワークショップ等実施履歴

関わった人

  • 渡邊 淳司(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
  • 坂倉杏介(東京都市大学都市生活学部 准教授)
  • 川口ゆい(ダンサー/コレオグラファー)
  • 安藤英由樹(大阪芸術大学アートサイエンス学科教授/大阪大学大学院情報科学研究科招聘教授)

問い合わせ先

渡邊淳司: junji.watanabe [at] ntt.com
※メールアドレスの [at] を@(アットマーク)に置き換えてご利用ください。